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名古屋地方裁判所 平成8年(ワ)2204号 判決 1997年9月29日

原告

株式会社サンリオ

右代表者代表取締役

辻信太郎

右訴訟代理人弁護士

下山博造

石川道夫

石井光穂

被告

株式会社サンリオ

右代表者代表取締役

佐藤辰夫

右訴訟代理人弁護士

石原金三

花村淑郁

杦田勝彦

石原真二

北口雅章

林輝

江本真理

藏冨恒彦

主文

一  被告は、「株式会社サンリオ」の商号を使用してはならない。

二  被告は、名古屋法務局昭和五四年八月二日受付をもって登記された被告の商号「株式会社サンリオ」の抹消登記手続をせよ。

三  被告は、その営業に関し、「サンリオ」、「SUNRIO」の各表示を使用してはならない。

四  訴訟費用は、被告の負担とする。

五  この判決は、第一、第三項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

主文と同趣旨

第二  事案の概要

一  争いのない事実等

1  原告は、昭和三五年八月一〇日、商号を「株式会社山梨シルクセンター」として設立されたが、昭和四八年四月五日、当時原告がその株式全部を所有していたペーパーカンパニーの「株式会社サンリオ」に合併されて、事業が引き継がれ、同年一〇月にはサンリオグリーティング株式会社(昭和四五年一二月に、平凡社、大日本クロス工業株式会社及び原告の三社が出資して設立した会社。)と合併して、今日に至っている(弁論の全趣旨)。

原告は、現在、グリーティング・カード及びソーシャル・コミュニケーション・ギフト商品(いわゆるファンシー商品)の企画・製造・販売、書籍・雑誌の編集・発行、映画の製作・興行・配給、ファミリーレストランの経営、ビデオソフトの製作・販売、テーマパークの企画・運営等の営業を行っている(弁論の全趣旨)。

原告は、原告の商品に「サンリオ」、「SANRIO」の商標を付して製造・販売するとともに、国内外において各種の事業を子会社をもって展開している。これら子会社には、リース事業を目的とする「サンリオ自動車リース株式会社」、音楽著作権の管理を目的とする「株式会社サンリオ音楽出版」、損害保険代理業を営む「サンリオエンタープライズ株式会社」、平成二年に東京都多摩市に開業したテーマパーク「サンリオピューロランド」の運営を行う「株式会社サンリオ・コミュニケーション・ワールド」、ギフト商品の製造・輸出入を行う「株式会社サンリオファーイースト」、米国におけるソーシャル・コミュニケーション・ギフト商品の販売を行う「SANRIO INC」等があり、原告の子会社及びその事業の主要なものには、「サンリオ」、「SANRIO」の名称が、商号又は事業の名称として使用されている(弁論の全趣旨)。

2  被告は、昭和五四年八月二日、商号を「株式会社サンリオ」として設立され、広告代理業・損害保険代理業等の業務を営み、その営業表示として、「サンリオ」、「SUNRIO」を使用している。

二  争点

本件は、原告が、被告の営業表示の使用が、不正競争防止法二条一項一号の不正競争行為に該当するとして、同法三条により、侵害の停止及び侵害の停止に必要な行為として商号の抹消登記手続を求めた事案である。

1  被告の営業表示の使用は、前記不正競争行為に該当するか。

原告の営業表示の周知性、特に、被告が設立された当時の原告の営業表示の周知性(同法一一条一項三号該当性)と、原告の営業と誤認混同を生じさせるかが問題となる。

2  消滅時効

3  権利濫用、権利の失効

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

第四  当裁判所の判断

一  争点1について

1  証拠(甲二〇ないし二三、甲五八の一ないし三、甲六六、甲六八の一ないし六、甲六九の一ないし四、甲一三七)と弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

原告の取扱商品は、グリーティングカード、ノート、筆記具等の文房具、通学用の鞄、リュックサックをはじめとするバッグ類、コーヒーカップ、コップ、御飯茶碗等の台所用品、ハンカチ、タオル等、子供用のトレーナー、パジャマ、女児向けの装身具類、トランプ等のゲーム類、ぬいぐるみ、玩具等、多数にわたっているが、これらの商品には、原告が著作権を有する「ハローキティ」、「リトルツインスター」、「みんなのター坊」等の愛称を有するキャラクターが付されている。原告は、これらの商品類に「ソーシャルコミュニケーション商品」と原告の独自の名称を付して呼んでいるが、一般消費者間では、原告の商品は、通常「サンリオ商品」と呼ばれ、この分野では圧倒的なシェアを有している。原告の商品は、全国のデパート、大型の総合スーパーや小売店、原告の直営店で販売されているが、デパート等ではサンリオ商品だけを販売する「サンリオコーナー」が設けられている。

被告は、原告が著作権を有する「ハローキティ」等のキャラクターは、それなりに有名であり、原告が需要者として掲げる幼児から主婦までの女性層の間では、現在では周知性があるのかもしれないが、その製造販売会社である原告の営業表示である「サンリオ」までもが、同じような周知性が認められるわけではないと主張する。

しかしながら、前記認定のとおり、これらの商品が「サンリオ商品」と呼ばれ、デパートや大型スーパー等に「サンリオコーナー」が設けられていることからすると、購買層の女性や子供のみならず、その家族にも、原告がこれらの商品の販売会社であることが広く認識されるに至っているものと認められる。また、前記争いのない事実等で認定したとおり、原告の子会社が経営するテーマパーク「サンリオピューロランド」の営業の開始とその宣伝活動により、「ハローキティ」等のキャラクターと「サンリオ」との結びつきは、広く知れわたっていると認められる。

以上のとおり、「サンリオ」が原告の営業表示であることについては、一般消費者の間において、全国的な周知性があると認められる。

2  そこで、被告が設立された昭和五四年当時に、原告の営業表示が既に周知性を有していたかについて、さらに検討するのに、証拠(甲二〇ないし二三、甲二四の一ないし二九、甲二五ないし三二、三四、三五、三七ないし四一、甲四二の一ないし四、甲四三ないし五七、甲五八の一ないし三、甲五九ないし六七、甲六八の一ないし六、甲六九の一ないし四、甲七〇ないし七八、八〇ないし八五、甲八六の一ないし四、甲八七ないし一〇〇、一〇二ないし一一五、一一七、一一九、一二〇、一二二ないし一二九、一三七ないし一四〇、一四二ないし一四四)によれば次の事実が認められる。

原告は、昭和四〇年代以降、詩集やメルヘンの出版活動や「サンリオ選書」の発刊(「発行所サンリオ山梨シルクセンター出版部」または「発行所株式会社サンリオ出版」と記載される他、サンリオのロゴが裏表紙に記されている。甲二の一、二、甲三の一、二、甲四の一、二、甲五の一、二、甲六の一、二、甲七の一ないし三、甲八の一、二、甲九の一、二、甲一〇の一、二、甲一一の一、二、甲一二の一ないし三、甲一三の一、二、甲一四の一、二、甲一五の一ないし四、甲一六の一、二、甲一七の一、二、甲一八の一、二、甲一九の一、二)、子供向けの新聞の発刊等を行っていた。

そして、昭和五〇年代に入ってからは、「サンリオフィルムズ」の名前で「愛のファミリー」(昭和五二年アカデミー賞受賞)、「ちいさなジャンボ」等の映画の製作、配給を手がけるようになり、昭和五三年公開の「キタキツネ物語」、昭和五四年三月公開の「クルミ割り人形」は、好評を博した(甲一の一ないし八、甲一三一)。

この間、昭和四五年頃から、前記のキャラクター商品が消費者の人気を博するようになり、昭和四八年頃には、全国的に爆発的な人気となり、原告が著作権なしい商標権を有するキャラクターについて商品化(使用許諾)契約も多数締結された(甲一三三)。昭和五四年当時の中京地区における原告の得意先及び売場は、名鉄百貨店の本店、一宮店、松坂屋百貨店の名古屋店、名古屋駅前店など一四店舗であった(甲一四七)。

原告の年間売上げは、昭和五一年八月一日からは約三二二億円、昭和五二年八月からは約三四七億円、昭和五三年八月からは約三三七億円であり、その間、それぞれ、約一億四〇〇〇万円、約四億円、約二億円の広告宣伝費を費やしており、昭和五四年ころまでの間、新聞や週刊誌に、原告の業績や業務展開について、記事がたびたび掲載された(甲一三〇)。

以上の事実が認められるところ、右事実によれば、原告の名称は、被告設立以前において、被告本店所在地である名古屋市においても十分な周知性を取得していたものということができる。

なお、被告は、異業種の場合においては、その標章等の使用の差止めに当たっては、同業種の場合に比べて著しく高い周知性が要求されると主張する。

しかしながら、原告においても、子会社(サンリオエンタープライズ株式会社)を通じて損害保険代理業を営んでいることが認められるのであるから(弁論の全趣旨)、被告と業種を完全に異にするとは言い難い上、業種の異同は、原告の商品等表示と被告の商品等表示との間に誤認混同のおそれがあるかどうかという要件を判断するに当たって、その一事情として斟酌すれば足りるのであるから、異業種の場合において、特別高度の周知性が要求されているものと解することはできないというべきである。

3  被告が、「サンリオ」及び「SUNRIO」の営業表示を使用していることは、前記のとおり、当事者間に争いがない。

このうち、被告の「サンリオ」という営業表示は、原告の「サンリオ」という営業表示と同一である。

次に、原告の「SANRIO」という営業表示と、被告の「SUNRIO」という営業表示との類似性について判断するのに、両者からは、ともに「サンリオ」という全く同一の称呼を生じるほか、外観上も、原告の営業表示の第二字目が「A」となっているのに対し、被告の営業表示の第二字目が「U」となっているほかは、全く同一であり、これらの事情を総合すると、需要者に対し、原告営業表示と被告営業表示とが類似した印象を与えるということができる(なお、被告代表者は、太陽の「SUN」とリオデジャネイロの「RIO」を合わせて「SUNRIO」としたものであると供述するが、通常、そのような意味で「SUNRIO」が使用されることはなく、需要者がそのようなものと解し、原告の営業表示とは別であると観念することはないと思われる。)。

したがって、被告の営業表示である「サンリオ」及び「SUNRIO」は、原告の営業表示である「サンリオ」及び「SANRIO」と同一であるか、又は類似しているということができる。

被告の広告代理業は、各種新聞社、雑誌社、テレビ局、ラジオ局へ各顧客の広告を取り次いだり、新聞に被告独自の企画広告を掲載したりする他、広告主を募り被告が編集・発行するミニタウン誌「ポトス」に掲載するというものであり、ポトスの編集・発行者として「株式会社サンリオ」と記載されている他、名刺や請求書等の営業用文書、封筒に、「株式会社サンリオ」、「SUNRIO」の営業表示を使用している(乙一五ないし一九、二六、乙二七の一、二、乙二八ないし四一)。

そして、前示のとおり、原告は、多方面にわたって、業界の垣根を越えて営業活動を行い、その営業表示は、一般消費者の間において、全国的に周知なものになっているのであるから、被告の損害保険代理業、広告代理業の需要者の間においても、被告の営業表示に接して、これを原告又はその関連会社の営業に係るものであると誤認する事態が生じることは、容易に想定されるところである。実際、証拠(甲一三四ないし一三六、一四一、一四五、一四六、被告代表者)によれば、平成七年七月一九日、ロイター通信から原告に対し、「サンリオが単位未満株の買取請求の拒絶を不当として三笠製薬を訴えたとの情報が入っているが確認したい。」旨の問い合わせがあり、更に、平成七年一二月一九日には、水戸証券経済研究所から原告に対して、「サンリオが三笠製薬の六番目の株主になっているが、どのような理由で株式を保有しているのか。」との問い合わせがある等、明らかに被告と原告が誤認されていると思われる事態が生じている他、原告の店舗に、被告の編集・発行するポトスに広告の掲載を依頼する電話がかかったりしたことがあり、NTTの電話番号案内が、被告の電話番号の問い合わせに対して、原告の店舗の電話番号を教えたことがあることが認められる。

以上のとおり、被告の営業表示の使用は、それが、原告の営業に係るものであるかのような混同を生じさせるものであり、これによって、原告は、特段の事情のない限り、その営業上の利益を侵害され又は侵害されるおそれがあるということができる。

そして、本件においては、右特段の事情の存在を認めることはできないから、原告は、被告に対し、不正競争防止法三条の規定により、その営業表示の使用の差止めを求めることができるということになる。

二  争点2について

被告は、「原告代理人は、昭和六〇年二月二二日受付の通知書(内容証明郵便)で、被告に対し、商号の使用の停止を請求しており、そのころには、被告が『サンリオ』の営業表示を使用していることを知ったものである。したがって、民法七二四条の適用又は類椎適用により、原告の差止請求権は、既に時効が完成しているから、原告は、本訴において、右時効を援用する。」と主張する。

しかしながら、被告の行為が不正競争に該当し、それが継続的に行われて、これにより原告の営業上の利益を侵害され又は侵害されるおそれがある状態が継続する場合には、これに対する差止請求権は、不断に発生するということができる。

そして、被告が、「サンリオ」、「SUNRIO」の営業表示の使用を現在に至るまで反復・継続していることは当事者間に争いがなく、これによって、原告の営業上の利益が侵害され又は侵害されるおそれがあることは前示のとおりであるから、その差止請求権も、日々継続的に発生しているということができる。

したがって、被告による消滅時効の主張は、理由がない。

三  争点3について

原告が、被告に対し、昭和六〇年二月二二日受付の内容証明郵便で、被告に対し、「サンリオ」ないし「サンリオ」を付加した名称の使用の停止を請求したことは、当事者間に争いがない。

被告は、「原告は、被告の『サンリオ』の商号及び『SUNRIO』の標章の使用を一〇年以上の長期間にわたり、何ら法的手続をとることなく容認してきたものである。この間に、被告は、多大な営業努力を重ね、順調に売上高を伸ばして、広告代理業では有数の中堅企業に成長し、保険代理業でも、富士火災海上保険株式会社の代理店として、同社の代理店の保険料順位では、全店三万三三一九店中四六一九位の上位にある。原告の本訴請求は余りに恣意的な権利行使であり、それにより被告の受ける業務上の不利益は計り知れないほど多大なものがある。現段階における原告の本訴請求は、余りにも不誠実であるから、信義誠実の原則に反し、権利の濫用であり、到底許されない。原告の被告に対する差止請求権は、右のような長期間の権利の不行使によって失効したものである。」と主張する。

これに対して、原告は、「原告は、被告に対し、昭和六〇年二月二二日受付の内容証明郵便による通告以降、本件に至るまで、特に法的手続をとっていないが、被告による『サンリオ』の使用を容認していたものではない。被告は、その設立の時点(遅くとも昭和六〇年二月の時点)から、『サンリオ』の名称が原告の営業の名称として周知であることを認識し、少なくとも広義の誤認混同のおそれがあることを認識した上で、『サンリオ』の名称を使用してきたものであるから、自らの『サンリオ』の名称使用が不正競争に該当することについて悪意又は重過失があったものである。また、原告が通告以外の措置をとらなかったからといって、名称使用を容認したものと信頼するというのは、一方的な判断にすぎない。したがって、本訴による使用差止請求が権利の濫用になることもなく、その権利が失効するということもない。」と主張した。

証拠(乙二六、被告代表者本人)によれば、被告代表者は、右通知に接して、直ちに原告代理人弁護士に電話をかけ、同代理人から、「お金を払うので社名を変更してほしい。金額を提示してほしい。」旨の申し出を受けて、金二億円を要求したこと、これに対し、原告代理人は、「返事をします。」と答えたものの、その後、本訴に至るまで、被告に商号等の使用停止を求めることはなかったこと、以上の事実が認められる。

ところで、右二億円の要求は、その当時、被告の売上高が年三億二〇四八万円であったこと(乙二五)を考慮すると、明らかに過大であり、右のような被告の応接態度は、適正・妥当な金額による話し合い解決を求めていた原告に対し、真摯な話し合いを拒絶したに等しいと言わざるを得ず、このような交渉経過に鑑みれば、その後、原告から営業表示の使用の停止の要求がなかったからといって、原告が右営業表示の使用を容認したとすることはできないといわなければならない。また、被告は、「サンリオ」ないし「SUNRIO」の営業表示を使用することに法的問題が孕まれていることを認識しながら、漫然と、右営業表示の使用を継続したにすぎないのであり、原告から、一〇年以上にわたって、その営業表示の使用の停止を求められなかったため、右営業表示の使用が容認されたと思ったとしても、そのような思いを保護することはできない。

したがって、本訴において、原告が、被告に対し、その商号等の使用の差止めを求めたからといって、信義に反するということはできないし、また、これを捉えて、権利の濫用とすることもできない。

また、前示のとおり、差止請求権は、日々継続的に発生しているということができ、一〇年間行使しなかったからといって、権利が失効するものでもない。よって、被告の右主張も理由がない。

第五  総括

以上によれば、原告の請求は、いずれも理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言について同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官野田武明 裁判官森義之 裁判官鈴木和典)

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